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研究背景

全肺がんの約15~20%を占める小細胞肺がん(SCLC)は、非小細胞肺がん(NSCLC)よりも増殖が速く転移が早い傾向があり、5年生存率が低いのが特徴です。SCLCは通常、化学療法に感受性ですが、ほとんどの症例で抗がん剤に対して耐性化し、予後不良となります。NSCLC治療が、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新規治療薬の開発により進歩してきた一方で、SCLC治療は10年以上ほとんど変わっておらず、有効な治療法の開発が望まれています。

抗がん剤耐性獲得メカニズムは複雑で、薬物動態の異常、細胞周期のチェックポイントの消失、アポトーシスの阻害など多くの機構の関与が提唱されています。その中でも近年、上皮間葉転換(EMT)の関与が注目されています。EMTは、上皮細胞が極性と細胞間接着能を失い、間葉系細胞に浸潤するプロセスであり、Snailなどの重要な転写因子によって媒介されます。EMTを阻害することで、ヒト乳がん細胞の異種移植モデルにおいてドセタキセル感受性の増強につながったことなども報告されています。上皮細胞はタイトジャンクション(TJ)を形成し、イオン、低分子、水に対する細胞間の透過性の調節に関与しています。TJはクローディン(CLDN)、オクルディン、アダプタータンパク質でZO-1/2、細胞骨格タンパク質から構成されています。

CLDN1の発現は様々な固形がんで変動し、肺扁平上皮がん、結腸がん、肝臓がんでの発現が高い一方で、乳がんでの発現が低く、CLDN1の発現低下が、肺腺がん細胞では浸潤?転移能を増加させるのに対して、胃がん細胞では浸潤?転移能を低下させることが報告されています。また、CLDN1はNSCLCの有望な診断マーカーとしても知られますが、NSCLCの中でも扁平上皮がんにしか適用されず、がんのタイプやサブタイプによっても異なる報告がされています。そのため、CLDN1ががんの進行や診断にどのように関与しているかはまだ不明な点が多いのが現状です。生化学研究室では最近、NSCLC A549細胞のスフェロイドモデルにおいて、CLDN1の過剰発現がドキソルビシン(DOX)感受性を低下させることや [Biochim. Biophys. Acta, 1865, 769-80. (2018)]、クリシン[Sci. Rep., 9, 13753. (2019)]やCLDN1結合ペプチド[Int. J. Mol. Sci., 21, 5909 (2020)] がCLDN1の発現低下を介して抗がん剤感受性を高めることを報告しました。しかしながら、SCLCの抗がん剤治療におけるCLDN1制御の意義は不明でした。

研究成果の概要

岐阜薬科大学生化学研究室の長岡侑里、大城琴音、吉野雄太助教、遠藤智史准教授、五十里彰教授らの研究グループは、岐阜薬科大学生体情報学研究室の松永俊之教授との共同研究により、CLDN1/TGF-β1/EMTシグナルの抑制によって小細胞肺がん細胞における抗がん剤感受性の増大が可能になることを明らかにしました。

小細胞肺がんSBC-3細胞を用いて、DOX感受性に及ぼすCLDN1過剰発現の影響について検討したところ、CLDN1はDOXによる活性酸素種 (ROS) 産生を介したアポトーシス誘導を抑制することによって、SBC-3細胞におけるドキソルビシン感受性を減弱させることが示唆されました (図1)。

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CLDN1によるDOX感受性の低下にEMTが関与すると考え、EMTの誘導と関連性の高いTGF-β1シグナル伝達経路の変動を調べたところ、CLDN1過剰発現によりTGF-β1、N-Cadherin、Vimentin、Snailの遺伝子発現の増加とE-Cadherin遺伝子発現低下が見られました。さらにタンパク質レベルでもTGF-β1、N-Cadherin、Snail、Slug、Vimentinの発現が増加しました。さらに、TGF-β1経路の下流に存在するJNKのリン酸化、NF-κBとiNOSのタンパク質発現量の増加も認められました (図2)。このことより、CLDN1がSBC-3細胞においてTGF-β1経路を活性化させることが示唆されました。

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CLDN1がSBC-3細胞遊走に関与するか検討したところ、CLDN1過剰発現によりSBC-3細胞の遊走、浸潤能は亢進しました。また、基底膜IV型コラーゲンの分解に関与するマトリックスメタロプロテイナーゼ (MMP) 2 及びMMP9の発現量もCLDN1の過剰発現によって増加しました (図3)。したがって、CLDN1がTGF-β1発現量を増加させることで、EMT誘導を介して小細胞肺がん細胞の遊走、浸潤能を亢進させることが明らかになりました。

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CLDN1のEMT亢進機序についてさらなる検討を行いました。TGF-β1経路の上流にIL-6/STAT3経路が存在することが知られています。そこで、IL-6分泌量を調べたところ、CLDN1の過剰発現によりIL-6の分泌量は有意に増加していました。SBC-3細胞をIL-6で処理したところ、TGF-β1及びEMT関連タンパク質の発現は上昇し、DOX感受性は低下しました。IL-6経路の下流に位置するSTAT3の阻害剤Stattic及びSmad3の阻害剤SIS3を用いて、IL-6経路の関与を検討したところ、Stattic及びSIS3はいずれもDOX感受性を有意に増強しました。また、両阻害剤はCLDN1過剰発現によるSlugの発現亢進を抑制しました。以上の結果から、CLDN1は直接的に、もしくはIL-6/STAT3経路を介して間接的にTGFβ1/Smad3経路を活性化することによって、EMTを亢進させることが考えられました。

EMTを抑制することが知られる薬剤として、抗アレルギー薬トラニラストや骨吸収抑制剤ゾレドロン酸が報告されています。そこで、これらの薬剤がDOX感受性を回復させることができるのか検討を行いました。トラニストもしくはゾレドロン酸の添加により用量依存的にDOX感受性は増強しました (図5)。この結果より、CLDN1が高発現する小細胞肺がんで低下した抗がん剤感受性の回復に、EMT阻害作用を有する薬剤が有効であることが示唆されました。

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以上、本研究において小細胞肺がんSBC-3細胞におけるCLDN1発現によってDOX感受性が低下することが明らかとなりました。このDOX感受性低下にはIL-6とTGF-β1の発現上昇に伴うEMT誘導が関わっており、EMT誘導によってSBC-3細胞の遊走、浸潤能も亢進しました。これらの結果は、CLDN1が小細胞肺がんの増悪化に関わる可能性を示唆しています。また、EMT阻害作用が知られるトラニラスト及びゾレドロン酸の添加によってCLDN1過剰発現SBC-3細胞によるDOX感受性低下は有意に改善されました。

以上より、CLDN1が高発現する小細胞肺がんにおいて低下した抗がん剤感受性の回復にトラニラストやゾレドロン酸などのEMT阻害化合物が有効であることが示唆されました。

(図1-5はArchives of Biochemistry and Biophysicsの論文中のFigureを改変の上転載)
本研究成果は、2023年12月にオンライン公開されました。2024年1月に国際学術誌『Archives of Biochemistry and Biophysics』に掲載される予定です。

本研究成果のポイント

  • 小細胞肺がんSBC-3細胞のドキソルビシン感受性がCLDN1過剰発現によって有意に低下することを明らかにしました。
  • CLDN1の過剰発現が、EMT誘導を介してSBC-3細胞の遊走能を亢進させることが示唆されました。
  • EMT阻害剤として知られるトラニラストとゾレドロン酸がドキソルビシン感受性を低下させることを明らかにしました。
  • CLDN1/TGF-β1/EMTシグナルを抑制することが、小細胞肺がん治療の向上に有効である可能性が示されました。

論文情報

  • 雑誌名:Archives of Biochemistry and Biophysics
  • 論文名:Activation of the TGF-β1/EMT signaling pathway by claudin-1 overexpression reduces doxorubicin sensitivity in small cell lung cancer SBC-3?cells
  • 著者:Yuri Nagaoka, Kotone Oshiro, Yuta Yoshino, Toshiyuki Matsunaga, Satoshi Endo and Akira Ikari
  • 論文URLhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37984759/
  • DOI番号:10.1016/j.abb.2023.109824

研究室HP

生化学研究室:https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/seika/